<![CDATA[萬宿ハトムギソウ -鳩麦荘- - くらし]]>Sun, 19 May 2019 01:52:38 +0900Weebly<![CDATA[月刊鳩麦通信VOL.5]]>Wed, 15 Aug 2018 15:00:00 GMThttp://sagaguesthouse.com/kurachi/vol5


ぼくはことばがうまく言えない
はじめの音でつっかえてしまう
だいじなことを書こうとすると
こ こ こ ことばが
の の のどにつまる

ぼくのお日さま/HUMBERT HUMBERT

実を言うと、少し前から文章を書く練習をしている。

「文章を書く練習」と言うとぼんやりするけど、
書いてる当の本人がぼんやりしているのだから、それはもうぼんやりしてしまうわけで。

この「文章を書く練習」をはじめたのには理由があって、
いろんなご縁の末の末の末に、
「コラムニスト養成講座」なるものに参加することになった。

これがまた曲者なのである。

私的な日記であればつらつらと文章が出てくるのに、
とかく誰かに見てもらうための文章になった途端に、
わたしの手はよくわからない魔法によって石と化すのである。

その上、もう文章を書くことそのものが億劫になってしまい、
結果的に毎月書くと言っていたこのブログでさえ、
怠惰的に更新が止まってしまった。

これでは本末転倒と呼ばざるを得ない。

しかしながら、
このままうやむやになってしまうのかと
心配の渦中にあったこのブログも
なんとか持ちこたえ(というより文章は意図的に消さない限り消えないのであるから)、
今こうやって再びなんやかんやと書き殴っている。

これまでは何とは無しに
構成やら内容やらを多少は考えて更新していたのだが、
それはもう度外視して、
今はとりあえず更新「し続ける」ことに執着したい。

粗悪だろうと極悪だろうと関係ない。
書き殴って書き殴って書き殴る。
やや暴力的な表現だが、
もうそれは書き殴る以外のなにものでもないのである。

推敲も訂正もない。
ただ、ひたすらに書く。

こうなってくると、
書くことへの恐怖というか
億劫な気持ちは多少和らぐのではないか、
というのが目下の算段である。

(文章を)出すためには、
(文章を)入れる必要があるのか、

それとも、

(文章を)入れるために、
(文章を)出す必要があるのか。

出すために入れる。入れるために出す。
もう自分でも訳がわからない。

だからとにかく
入れて、出して、入れて、出して、
・・・の繰り返ししかないと踏んだ。

となっては、
元来文章を取り入れる行為(読書やその他諸々)は
常となっているのだから、
あとは出して出して出しまくるだけだ。

毎日欠かさず日記はつけている。

ただ、これに関しては非常に私的なものであるから、
未来永劫お蔵入りである。

さあ、ここで暗躍するのは言わずもがなこのブログだろう。

心変わりは人の常ともいうが、
果たしてこの密かなる取り組みはいつまで続くのだろうか。


]]>
<![CDATA[月刊鳩麦通信VOL.4]]>Sun, 15 Jul 2018 15:00:00 GMThttp://sagaguesthouse.com/kurachi/vol4


​夏はお洒落なポエムの季節です
グロキシニヤの花の蔭で
あなたの手紙は読んでしまった
ホテルの甘いゼリイのやうに
お!
ボンジュウルも言はずに雨が降る

北園克衛「朝の手紙」より


梅雨が明けると、
​毎年思い浮かぶ一篇の詩。

けれど、
今年の夏はゼリイのように甘くない。

先の大雨で
随分と窮屈な暮らしを強いられている人も
多いのではないでしょうか。

唐津市も山間部を中心に被害を受けましたが
幸いにも中心市街地は河川の氾濫もなく、
平穏な生活を取り戻しています。

わたしたちの日常が
わたしたちの暮らすこの街が
災害と隣り合わせであることを
身に沁みて
感じた数日間でもありました。


今、
目の前に広がる風景も
皮膚を貫く日差しも
鼻をかすめる芳しい匂いも
誰かと交わす会話でさえも

その安寧な暮らしのひとつひとつが、
脆くなった(と感じた)瞬間にだけ
今まで以上に美しくみえてしまう。
(そんな自分を少し、嫌いに思ったり。)


何物も築けないままに
縫い付けたポッケの隙間から
ぽろりぽろりと
失い続けていく日々に
うなだれている自分の背筋は
いつになったら伸びるのだろう。


怠惰の底にあるものは
単なる喪失感なのかもしれない。

]]>
<![CDATA[月刊鳩麦通信VOL.3]]>Sat, 16 Jun 2018 08:59:35 GMThttp://sagaguesthouse.com/kurachi/vol3
鳩麦荘が唐津に生まれ落っこちて来て、めでたく今日で半年です。

この半年の間に、
いろんな出会いがありました。
うれしい出来事もかなしい出来事もたくさんありました。

きっと、時にはこころがくだける日もあったはずなのに、
思い出すのはたのしかった日のことばかり。

はるばる遠いところから
唐津という土地を選んでくれて、
鳩麦荘というゲストハウスを選んでくれて、
ほんとうにうれしい。ありがとうございます。

想像もつかないことがたくさん起こる毎日を
いつもわくわく、ちょっぴりどきどきしながら
結局はのほほんと過ごしています。

これからも今まで通りの変わらない視座で
のほほんと街の中で穏やかに生きていけたらいいなあ、なんて。

最近はいろんなゲストハウスの人たちが
遊びにやってきてくれて、
刺激を受けることがいっぱい。

わたしも今のままじゃあいけないなあと思いました。
もっと、無理せず自分らしさを保って、
暮らせるようにしたいとなあと思いました。


そして先日、すごくいやな夢を見ました。

とある予約サイトを経由して来てくださったゲストさんが
とてもとても文句を言う方ばかりで。

わたしは目一杯に涙を堪えて、警察に電話をするのだけれど
「民事不介入です」の一点張りで助けに来てくれず。

言ってしまえば単なる夢。
だけど、きっと、
わたしの中のもやもやとして潜在的にずっと心の隅っこにあったこと。


だから、決めました。
予約サイト、やめちゃいます。

鳩麦荘はほんとうに簡素で小さな一軒家です。
巷ではタイニーハウスなんて云われています。

快適で便利なものなんてなんにもありません。
プライバシーもセーフティボックスもありません。


でも、真心があります。

わたしの大好きな百恵ちゃんも「ひと夏の経験」という歌の中で言っています。
女の子の一番大切なものは「真心」だと。

言葉を操れるひとが先に立つ今の時代。
確かに言葉はひとによって、
最も駆使しやすいコミュニケーション手段。

だけど、言葉って内に秘めているうちは自分のものなのに、
声にした瞬間にたちまち空気に触れて、他人のものになってしまう儚く脆いもの。


鳩麦荘でわたしは言葉の奥にある真心を大切にしたいから、
それをわかってくれるゲストさんに来てほしい。

こんなことをして、
生活に困るのではないかと不安もあるけれど、
わたしは鳩麦荘で心地よく暮らしたいし、
ゲストさんにも心地よく暮らしてもらいたい。

これからはホームページとお電話のみで
ご予約をお受けしたいと思います。

タイニーな鳩麦荘をこれからもどうぞよろしくお願いします。
清貧第一なオーナーが待っています。



]]>
<![CDATA[月刊鳩麦通信vol.2]]>Tue, 15 May 2018 15:00:00 GMThttp://sagaguesthouse.com/kurachi/vol2またもやひっそり、こそこそと貴方に向けて(誰に向けて?)
今、こうして言葉を紡いでいます。

さして届けたい言葉を見つけることもできないでいるのに、
お目通しくださり、感謝しかありません。

さて、春はどこへ行ったのかと思うほどに、
うだるような暑さが続いている昨今の天気ですが
さわさわと木々を揺らす風はまだ、春を匂わせています。
若干の湿気をまといながら。

梅雨前の風と、梅雨明けの風、
ちらと雰囲気が違うのは気のせいでしょうか。
同じように湿気をまとっているのだけれど。

あゝ、またとりとめのない言葉ばかりが淀みない川のように
はらはらと流れ出てしまう。

既知の方も多くいらっしゃるかと思いますが、
ときどきわたしは文学の森と現実世界を往来して暮らしています。

ゲストハウス開業を機に、大半の蔵書を処分し、
帳場横に備えつけた本棚に収まる量だけにすると、
たった半年前に自身に誓ったのですが既に本棚からは溢れ出しています。

ここにある本は、
わたしが少なくとも一度は通読し、
その上で手元に残しておきたいと思ったもの
若しくは最近通読したものです。

ゲストの方に御手にとっていただきたく、
置いているものも多数あります。

常々、「森茉莉は生きる指標」だの「森茉莉になりたい」などと
息を吐くように漏らしているほどの森茉莉崇拝者である反面、
「太宰と結婚したい」だの「太宰となら死ねる」などと
太宰への愛をつまびらかに披露しているわたしですが、
新刊が出るたびに蒐集している好きな現代作家も少なからずいます。

最近はひょんな出会いにより、偶然手に入れることになった
西尾勝彦さんの詩集「歩きながらはじまること」(夏葉社)を
何度も何度も重ねて読みふけっては
なんとも言えない、どうにも伝えられない幸福感に
どっぷり浸る夜を過ごしています。

今まで知ることのなかった作家との出会いは
ある種のアクシデントというか、
軽い衝突のような、そんな気がしています。
だから、私はある種のアクシデントが毎時起こり得るラヂオが好きなのでしょう。

わたしはその「歩きながらはじまること」という詩集の中の
「そぼく」という一編の詩をたいへん気に入っています。
勿論、素敵な詩は他にもたくさんあるのだけれど、
特に突出して、たいへんたいへん気に入っています。

もしお近くの書店で、お手に取る機会があれば。

わたしの生活している圏内にも
そんなある種のアクシデントに見舞われる
書店があればいいのになあ、なんてぽつり。

それではまた来月、お会いしましょう。
​]]>
<![CDATA[月刊鳩麦通信vol.1]]>Sun, 15 Apr 2018 15:00:00 GMThttp://sagaguesthouse.com/kurachi/vol1先日、鳩麦荘で行う初めてのイベントが
無事に終わりました。

尾崎人形ワークショップは
年初から大切に温めてきた企画で、
何もかも手探りながらも
たくさんの方にご参加いただけて
今、心からホッとしています。

作り手の高柳さんとは
年に一度の恒例企画にしたいね、と話しているので
今回機会がなかった方も
来春ご参加くださるとうれしいです。

今回のイベントを皮切りに、
毎月一回、イベントを行っていく計画で、
奇数月と偶数月では趣向を変えるつもりです。

奇数月は韋駄天ツアー、
偶数月はワークショップ
というのが今のところのイメージです。

韋駄天というのは
厨房を守る護法神として祀られる仏教の仏の神の一種で、
よく走る神としても知られています。

「御馳走」という言葉も
韋駄天が釈尊のために方々を駆け巡って食べ物を集めたとの俗信に由来するのだとか。

そんな意味を踏まえて、
奇数月は韋駄天になりきり
町の御馳走処を駆け巡ろうではないか、
というのが韋駄天ツアーの趣旨です。

次回、5月の韋駄天ツアーは
鳩麦荘のダイニングとも呼ぶべき、
歩いてすぐのところにある
ガード下のコンテナ屋台で行う予定です。

コンテナ屋台のシャッターには
唐津くんちの曳山になぞらえて
右から順に一番曳山、二番曳山、、と絵が描かれています。

その順番通りに右から左へ一軒一軒訪ね歩き、
千べろ(一軒あたり予算千円)で梯子酒をしようと思います。


5月11日(金)21時、鳩麦荘集合。
途中参加離脱オッケー。
一軒あたり千円の予算ですので、
梯子されるお店の数をかけた金額を懐に忍ばせてご参加ください。

ご興味ある方は
info@sagaguesthouse.com
まで。

​]]>